一般社団法人 すすきの観光協会 〒064-0808 北海道札幌市中央区南8条西2丁目5番地
市民活動プラザ星園304
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すすきの祭りの歴史

すすきの祭りの歴史

昭和40年(1965年)8月、第1回の 薄野祭(現すすきの祭り)が開催された。実際には、昭和26年7月に最初の薄野祭が行われたが、3年で立ち消えになった。 昭和40年の復活は第4回目となるが、なぜか第1回とし、以降継承して令和4年で第58回(第56、57回はコロナ禍により中止)を迎える。昭和40年春、札幌観光協会が「従来の夏祭りは、大通りの広場で盆踊りや歌謡コンクールを行う程度で空疎だ。いっそ、狸小路の狸祭り、定山渓の河童祭り、それに薄野祭りを加え、連合的な規模の大サマーフェスティバルたらしめたら」とのアイディアを出し、この発想から復活した。 この祭りでは、「すすきの小唄」「すすきの音頭」が発表され、ミス薄野コンテスト、のど自慢大会、ビール早飲み大会などが行われた。 祭りは、実行委員会を結成し会長職も持ち回りとしていたが、第12回の後「それでは大変だ」との声が出た。翌53年2月頃、薄野ビルヂング協会、社交飲食環境協同組合、豊水連合町内会などの幹部が参集、「すすきの観光協会」を設立し、祭りを同協会の主催事業とすることを決め、同年6月協会がスタートした。

花魁道中

初日に行われるメインイベント。第20回(昭和59年)に、記念行事として東京浅草から花魁役等9名を招き「花魁道中」を披露したところ予想以上の人気となり、翌年(昭和60年)から恒例の出し物となった。花魁は公募により2名が選ばれ「夢千代大夫」「佳津乃大夫」と命名された。

 

すすきの屋台

ワゴンセールの名前でスタート。すすきの観光協会に所属する飲食店の会員が、歩行者天国となった会場内に100軒もの屋台を設置。地元や観光に訪れた方をおもてなししている。

 

連合太鼓

「ビルの谷間で千人位が太鼓を叩いたら、すごい迫力になるのでは…」との発想から、昭和60年「北海祭り太鼓セッション」が登場。翌61年にはさらに規模を拡大、全道の太鼓チームが勢ぞろいした。その後変遷はあったが、初日「花魁道中」の露払いとして会場を盛り上げる。

 

すすきの囃子

すすきの観光協会で、唯一伝統芸能を守り続けている「響乃会」ができて22年、様々な神社に奉納演奏を披露している。今では、獅子舞と伴に毎週お稽古を重ね広く演奏活動を行う。

 

すすきのナイトフィーバー

祭りの最後を飾るのは、ステージ前での往年のディスコを彷彿とさせるイベント。祭りに来られた観客の皆様、実行委員会のメンバー、一体となって踊り、祭りの最後を盛り上げる。

 

※参考文献 さっぽろ文庫87 すすきの

キャラクター「キーノ」紹介ページ

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